ナレーター・朗読講師

長澤泰子

1行の春を読む── 息と間で描く景色

2026-03-31更新

新美南吉の『里の春、山の春』の冒頭1行「野原にはもう春が来ていました。」を、区切りの位置を変えて読むだけで景色が変わるという話をしました。今回はその先、「間」と「呼吸」の話です。

文末がすべて「ました」で揃っている以上、何も考えずに読めば箇条書きのようにのっぺりしてしまいます。
そこで教室では「絵本のページをめくる感覚」を持ち込むことにしました。
実際、冒頭7行の間に、少なくとも3回は風景が変わります。
野原の絵、山の絵、鹿の親子の絵。大きな絵本を本当にめくるくらいの間合いを自分の中で取ってから、次の文に入る。そうすると、描いている対象が変わったことが伝わりやすくなります。

ただ、その間合いがなかなか意識して取れません。取っているつもりで取れていない。この加減は人様々で、黙ることが怖い、という方も多いようです。
最初、「思っている8倍くらいやってください」とお伝えした生徒さんもおられます。

そのうち感覚が育ってくると、今度は取りすぎになることがある。前後が切り離されて、繋がりが消えてしまう。「もう8倍って思わなくて大丈夫ですよ」と言える瞬間が来ると、それは確かに成長です。

間が取りきれない方には、もう1つ具体的なことを試していただいています。ページが変わるところで、鼻からいい匂いを嗅ぐように呼吸を1回入れてから、次の文に入る。

吸った息で、次に出る声が決まります。いい匂いを嗅ぐような柔らかい深い呼吸をすると、そのまま春の野原に合った優しい声になる。読むべきトーンを頭で考えなくても、呼吸が自然に決めてくれます。

物語の中盤、坊やの鹿は偶然山を降りて、春の野原を初めて目にします。
ここで描かれるのは冒頭と同じ「春の野原」です。この、桜が咲いている春の野原の風景を絵本に描くとしたらどうでしょう。
冒頭と同じ風景だからといって、冒頭の絵を使い回すでしょうか?きっと、違う絵を描くはずです。
朗読でも同じように読み分けたい。
中盤の「春の野原」は、坊やの視線を通した風景なのですから。

そのために、ここは、スピードの変化、「緩急」をうまく利用するのが良いでしょう。
「ぼオん。」という音に坊やが耳を澄ませる描写は、間を取りながらゆっくりと読んで、静謐な感じの「緩」を目指します。
ここからは「急」になっていきます。「(坊やは)その音にさそわれて、どんどん山をおりて行きました。」という文章がありますが、どんどん山を降りるのですから、読みのテンポは自然と早くなっていくのではないかと思います。巻きのテンポになった勢いを保ちながら、その次の「山の下には野原が広がっていました。」を読むと、声のトーンも上がり、坊やの見た鮮やかな春の野原を伸び伸びと表現できるはずです。

そのあと、「よいかおりがしていました。」を区切りを多く、いい匂いを嗅ぐような呼吸をしながらゆっくりと読んで収めて行くのもよいですし、その次の行のおじいさんの登場で場面が変わるので、そこでひと呼吸置いて読み始めることで「緩」を作る手もあります。

おじいさんのセリフの部分は、早口になる人はあまりいないのではないでしょうか。ゆっくりと読むことでおじいさんらしさが出ます。
また、「桜の枝をひと枝折って」「小さな角に結びつける」という繊細な作業の描写も、慌てず丁寧に読みたいです。ここで自然と「緩」が生まれます。

そして物語の終盤、父鹿と母鹿が「口をそろえて」坊やに春を教える場面があります。
ここの部分にはちょっとしたトラップがあって、声の高低でお父さん・お母さんを演じ分けたくなってしまいがちです。でも「口をそろえて」言っているので、実はどちらが発した言葉かはわかりません。
大切なのは、演じ分けではなく、帰ってきた坊やを嬉しく出迎えて、矢継ぎ早に教えてやるその感覚の方です。その、興奮を伴った喜ばしさが「口をそろえて」という文章に表れています。
ここのセリフは「急」。畳みかけるように話すと、鮮やかに親子の様子が思い浮かびます。

そして、ラストの2行の冒頭、「それからしばらくすると」。ぜひ、「しばらく」のぶんの間合いを取って、大きく静かに息を吸ってから読み始めましょう。
「いろんな花は咲きはじめました」。「花が」ではなく、「花は」となるのが少し読みにくいのですが、「花は」だと、「思ったとおり」に、「やっぱり」、「春が来て、花が咲いたんだ」というニュアンスが感じられるということも、生徒の皆さんと声に出してみて気づいたことです。

また、花が咲くところでお話は終わり、その後、坊やが初めての春をどう楽しんだかまでの描写がされないところが、この童話が大人にもじんわり響くポイントなのではという考察も聞かれました。
想像の余地を品よく残す新美南吉の書き振りを損なわぬよう、余韻がお寺の鐘の音のように、ゆっくりと柔らかく、トーンを落としすぎずに読み終わる練習をしました。

朗読を、綺麗な声で聴き手を眠りに誘うものだと思っていたら、それはちょっともっないことかもしれません。
区切りで景色を選び、呼吸で声を決め、間で流れを作る。朗読でできる表現とはそういう、ひとつひとつの小さな判断の積み重ねなのだと思います。
「里の春、山の春」も、一見単調な書き振りに感じますが、実は文章そのものに豊かな緩急があることに、声に出していると気づきます。その緩急を感じて、忠実に掘り出して立ち上げるのが、朗読の仕事です。